26/08/2026
【共産主義者による日本人大虐殺】
日本とソ連は「日ソ中立条約」を締結し、条約は1946年3月まで有効だった。この条約に対する配慮のため、ソ連行きの戦略物質(レンドリース法によってアメリカで生産されたソ連に供与される兵器弾薬)を積載した「アメリカ海軍の輸送艦」でさえ、大東亜戦争中であっても日本海軍は攻撃せず、津軽海峡や宗谷海峡の自由航行を例外的に認めていたほどだ。
アメリカの対ソ支援の大西洋ルートは、ドイツに攻撃されるため大東亜戦争全期間を通じて安全な太平洋ルートがメインになったほどだ。
しかし、1945年8月9日、共産主義国であるソ連は突如として日ソ中立条約を破棄し、日本への侵略戦争を開始した。
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【葛根廟(かっこんびょう)事件】(再投稿)
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葛根廟(かっこんびょう)事件は、第二次世界大戦の終戦前日である1945年(昭和20年)8月14日に、旧満州(現在の中国内モンゴル自治区ヒンガン盟)の葛根廟付近で起きた、旧ソ連軍による非武装の日本人避難民に対する大量虐殺事件です。
昭和20年8月14日、旧満州国葛根廟(現在の中国内モンゴル自治区)において、日本へ引き揚げるために歩いていた非武装の日本人女性や子供を、旧ソ連軍戦車隊が襲い、1000人以上が犠牲となりました。
避難民の約9割以上が女性や子供であった。ソ連の軍隊である赤軍が去った後に、生存者も自決したり、その後の避難の途上において中国人やソ連兵などの襲撃を再び受けるなど、帰還を目指す多くの日本人居留民が犠牲となりました。
はっきり確認された生存者は百十数名、後に発見された残留孤児を入れても百数十名に過ぎない。