31/05/2026
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山のおとも vol.17「数字の説得力」
新緑美しい5月、仕事で四国へ行く機会があったので、二泊三日で剣山をソロ縦走することにした。
四国の山というと、まっさきに石槌山を思い浮かべる。天空に突き出た峰が紅葉に染まる光景は有名で、写真で目にした人もいるだろう。一方の剣山は、石槌山と比較すると印象は薄かった(あくまで個人比)。なので、それほど登りたいとも思っていなかったのだが、なぜ登ることにしたのかというと、SNSで流れてきた写真に目が止まったからだ。
小さな池の畔に立つ、天空の山小屋。
ここはいったいどこだろう…と調べると、剣山から歩いて8時間先にある三嶺山だった。三嶺山までの縦走路は、四国随一の美しい稜線歩きを楽しめるらしい。ただ、公共交通機関で訪れるには非常にアクセスが悪い。剣山は百名山にもかかわらず、週末しかバスがない。そして、三嶺山の山小屋は避難小屋なので、宿泊するなら寝具・食料・水を持ち歩かなければならない。
こんな厳しい環境で、アップダウンのある8時間コースを歩ききれるのか?
若干不安もあったが、これまでの経験を振り返って「まあ、行けるでしょ」とゴーサインを出した。
話は変わるが、山に登らない人に「◯◯山に登るんです」という話をすると、「何キロ歩くのですか???」と質問されることがある。実は、山を歩く人にとってこの質問は答えがたい。なぜなら、距離より時間(ないしは標高差)で図るからだ。実際、山の地図にもコースタイムは書かれているが、距離は書かれていない。
なので、今回も詳細な距離を把握しないまま、縦走の旅を開始した。この旅の核心は二日目。初日の山小屋は営業小屋だったので、大盛りごはんをおかわりするなど、たっぷりご飯を食べ、ラッキーなことに個室だったので熟睡して体調は万全。青空も広がり最高のコンディションだった。
だが、日が上がるにつれて気温も上がり始めると、なかなかにしんどい。まだ5月なのに暑くて大量に汗をかく。しかし、水は最低限しか持っていないので、喉を潤す程度しか飲めない。
歩き始めて二時間ほどたったころ、「ああ、なんでこんな苦しい思いをしながら山を歩いているのだろう…」とゴーサインを出した過去の自分を責めた。若干心が折れながら歩を進めていると眼の前に道標が現れ、そこには
< 三嶺へ13.6km | 剣山へ3.4km >
と記されていた。
距離を具体的な数値で把握した途端、「うわ…」と声を上げてしまった。
数字は強い説得力を生む。だが、むしろ望まない方向に説得力が働き、知らないほうが良かった…と心の底から思った。この荷物でこの暑さで、「13.6km」は遠すぎる…。とはいえ、もうどうにもならない。8分の2は歩いたのだから、コツコツ歩けばなんとかなる。幸い、ダイエットしたおかげで、足の疲労はそれほどでもないのが救いだった。
なんとか三嶺山直下の急登を登りきり、避難小屋に到着すると、平日だったせいか私ひとりの貸し切りだった。「見えないもの」が見えてしまいそうな不気味さと、夜中に見知らぬ登山者が到着するかもしれない恐怖と、無事到着できたことへの安堵と、様々な思いが交錯しつつも、あまりの疲労具合に19時には就寝してしまっていた。なんだかんだ精神は図太い。
そして、翌朝。無事夜が明け、日が昇ると、あのSNSで見た景色が広がっていた。まさしくその光景は、頑張ってきた私へのご褒美だった。
なんというかもう…望んだ景色を見られたことで満足してしまった。当初はその先を歩こうと思っていたのだが、天候が下り坂だったこともあり、予定を変更して下山することにした。樹林帯を抜け、下山口である駐車場に到着すると本降りの雨で、下山して正解だったな…と思った。そして、忘れないうちに…とスマホを取り出してログアプリを停止した。すると、
「 距離23.4km のぼり1750m くだり2237m 」
と、全行程の数値が記録されていた。この数字を見て、「よく登ってよく歩いたな…お疲れ、自分。」と自分を褒めた。
ちなみにだが、富士山を登る場合、富士山吉田ルートで、距離15.6km、のぼり1629m くだり1614m になる。この数字を見ると、今回の山行がどの程度なのか想像できるのではないだろうか?
数字の説得力というものは大きいのである。
文:川野恭子
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