21/08/2026
「私たちは、本当に「見えている」のだろうか。」
写真とは、目の前の世界を記録するメディアである——。Abox展2026に並ぶ作品群は、その素朴な前提を静かに揺さぶってくる。
記憶のない写真の中に、幼少期に見えていた「小さな扉」を探す。 強度近視によって輪郭を失った世界から、「なぜ私たちはそれを花だと思うのか」と問い直す。 瑞龍寺を吹き抜けた風の痕跡から数百年の「時間の地層」を掬い上げ、 亡くなった人が残した物から、肉体を越えて続く存在を見つめる。
視線はさらに、都市の隙間に再生する植物、夜の街、自動販売機へと向かい、自然と人工、孤独と社会、見る者と見られるものの境界を問いかける。
さらにAIによって「存在しなかった理想の夫」を生成する作品や、首都高速道路網に日本のアニメ/マンガ文化の系譜を重ねた巨大な認知地図も登場する。 もはや写真は、撮影された像だけを意味してはいない。
興味深いのは、これらが壮大な理念からではなく、家族、身体、植物、散歩、記憶といった極めて個人的な経験から始まっていることだ。その小さな違和感を辿った先で、「時間とは何か」「存在とは何か」「見るとは何か」という普遍的な問いが立ち上がってくる。
優れた展覧会は、新しいものを見せるだけではない。
すでにそこにあった世界を、以前と同じようには見られなくする。
Abox展2026は、そんな鑑賞体験の可能性を秘めた、観ておくべき展覧会である。
https://www.a-box.jp/abox-exhibition-2026