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一枚の障子が、空間をやさしく切り替える。手前は玄関。
外の世界から帰ってきた人を迎える場所。そして障子の向こうには、
家族が集うリビングが広がる。壁のように完全に遮るのではなく、
かといって一つの空間として繋げるのでもない。障子は、光や気配...
06/06/2026

一枚の障子が、空間をやさしく切り替える。

手前は玄関。
外の世界から帰ってきた人を迎える場所。

そして障子の向こうには、
家族が集うリビングが広がる。

壁のように完全に遮るのではなく、
かといって一つの空間として繋げるのでもない。

障子は、光や気配を通しながら、
空間にほどよい境界をつくり出している。

見えすぎず、隠れすぎない。

日本の住まいには昔から、
こうした「曖昧さの美しさ」が息づいていた。

分けるためではなく、
つなぐための仕切り。

この住まいにも、
そんな日本建築の知恵が静かに受け継がれている。

Design : Native Dimensions / Jun Suzuki
Photo : Takahiko Fuse



10/05/2026

建築の営業が苦手だった私が、あとから気づいたこと。

建築業界での営業とマーケティングの重要性を振り返り、知識不足が営業の苦手意識の原因であったことに気付く。基本的なマーケティングスキルを学び、改善を重ねることで営業活動が変わる。AI時代には、苦手な点を補完しながら働く新しいスタイルが期待される。...

08/05/2026

新宿西口 思い出横丁を、ひさしぶりに歩いた。

変わってないなぁ、と思った。

いや、
ほんとは変わってるんだろう。
店も、人も、値段も、
きっといろんなものが変わってる。

でも、
あの細い路地に入った瞬間、
時間だけが、
そこに置き去りになってる感じがした。

30年前、
ここで塩焼きサバ定食を食べた。

なんてことない定食だ。

焼いたサバに、
白いごはんと味噌汁。
それだけ。

でも、
うまかった。

いや、
「うまかった」というより、
あの頃の自分に、
必要な味だったんだと思う。

腹を満たすだけじゃなく、
なんだか、
「今日も終わったな」
って思える味。

いま歩いていると、
外国人観光客ばかりだ。
子ども連れの家族までいる。

昔の思い出横丁を知ってる人からすると、
ちょっと不思議な景色だ。

でも、
それも悪くない。

だって、
世界中の人が、
あの煙や匂いや狭さに、
「東京」を感じてるってことだから。

きっと、
あそこには、
効率とか、
きれいさとか、
そういうものだけじゃ作れない何かが、
まだ残ってる。

人はたぶん、
古い街に行きたいんじゃない。

自分の中に、
まだ消えてなかった時間を、
確かめに行ってるんだと思う。

30 years later,
I walked through 新宿西口 思い出横丁 again.
The narrow alleyways,
the smoke,
the atmosphere…
almost nothing seemed to change.
I remembered a simple grilled mackerel set meal I had there long ago.
Just fish, rice, and miso soup.
Nothing special.
But somehow unforgettable.
Now the street is filled with travelers from all over the world.
The people changed.
The place did not.
Maybe we return to old streets
not to revisit the past,
but to find a part of ourselves
still waiting there.

写真は、シャッターの音で完結するものではない。それは、フィルムの時代から一度も変わっていない事実だ。マグナム・フォトの暗室には、ひとりの職人がいた。Pablo Inirio。彼はカメラを持たない。だが、多くの“名作”の最終形を決めた人物であ...
26/04/2026

写真は、シャッターの音で完結するものではない。
それは、フィルムの時代から一度も変わっていない事実だ。

マグナム・フォトの暗室には、ひとりの職人がいた。
Pablo Inirio。
彼はカメラを持たない。だが、多くの“名作”の最終形を決めた人物である。

たとえば、Dennis Stockが撮影したジェームズ・ディーンの有名な一枚。
雨に濡れたニューヨーク、背中を丸めて歩く孤独な姿。
あの写真には、イニリオの手による無数の書き込みが残されている。
どこを何秒焼き込み、どこを覆い焼きするか。
顔の階調をどう残し、背景のビルをどこまで沈めるか。

それは補正ではない。
写真の設計図である。

同様に、オードリー・ヘプバーンのポートレートでも、
その繊細なトーンは、ネガのまま現れたものではない。
光沢のある車体のハイライト、柔らかく浮かび上がる表情。
それらはすべて、暗室の中で意図的に組み立てられたものだ。

マグナムでは、同じネガから複数のプリントが生まれ、
その違いによって写真の印象は大きく変わることが知られている。
写真家自身が「これはパブロのプリントだ」と語ることも珍しくなかった。

つまり、写真は撮影された瞬間に完成するのではなく、
プリントによって完成するものだった。

それにもかかわらず、現代では時折、
「加工は悪で、撮って出しこそが正しい」
という言葉が語られる。

しかし、それは写真の歴史を知らない立場からの誤解に過ぎない。

フィルムの時代、写真家たちは

フィルムを選び、
現像をコントロールし、
印画紙を選び、
そして光を“足したり引いたり”しながら一枚を作り上げていた。

その工程は、今日では
PhotoshopやLightroomに置き換わっただけである。

違いがあるとすれば、
暗室の赤い光がディスプレイに変わったこと。
手で遮っていた光が、マスクやブラシに変わったこと。

本質は、何ひとつ変わっていない。

写真とは、現実をそのまま写す行為ではない。
現実のどこを見せ、どこを沈めるかを決める行為である。

ネガは可能性に過ぎない。
プリントは決断だ。

そしてその決断は、
フィルムの時代も、デジタルの時代も、
常に人の手によって行われてきた。

写真は昔から、
静かに、しかし確かに
作られている。

#写真の本質
#暗室からデジタルへ
#プリントは設計

撮影の用事で、たまたま訪れた場所。
現場の前の通りは、前日にはただ静かなだけの、車もまばらな道だった。けれど翌日、同じ場所に立つと、
そこにはまったく別の風景が広がっていた。竹が立ち、布が張られ、
空が少しだけ低くなったように感じる。
その...
26/04/2026

撮影の用事で、たまたま訪れた場所。
現場の前の通りは、前日にはただ静かなだけの、車もまばらな道だった。

けれど翌日、同じ場所に立つと、
そこにはまったく別の風景が広がっていた。

竹が立ち、布が張られ、
空が少しだけ低くなったように感じる。
その下に、果物が並び、人が集まり、
声と匂いと色が、ゆるやかに重なっていく。

建物はどこにもないのに、
確かに「空間」ができている。
布一枚と、数本の支柱だけで、
ここには市場という都市が、静かに立ち上がっていた。

これは非常に興味深い構造で、
いわば張力構造の原型。
最小限の素材で「場」を成立させる知恵であり、
風や光、人の流れに応じて形を変えていく、柔らかい建築でもある。

それは完成されたものではなく、
風に揺れ、光を受け、
少しずつ形を変えながら続いていく。

やがて時間が来れば、
この風景はまた、何もなかったように消えていくのだろう。

昨日と同じ通りに戻るだけなのに、
きっともう、同じ場所には見えない。

そこにあったのは、つくられた空間ではなく、人の営みが、その場にそっと形を与えていた瞬間だった。

#仮設建築
#市場の風景
#テンション構造

I came here by chance for a photography assignment.
The street in front of the location had been quiet the day before, with only a few passing cars.
But the next day, when I stood in the same place,
an entirely different scene had unfolded.
Bamboo poles were raised, large cloths were stretched overhead,
and the sky seemed to lower just slightly.
Beneath them, fruits were carefully arranged, people gathered,
and voices, scents, and colors began to overlap gently.
There was no permanent building,
yet a distinct space had emerged.
With just a few poles and a single sheet of fabric,
a traditional Japanese street market had quietly come to life.
This structure is profoundly intriguing—
in many ways, it represents the origin of a tension structure.
A simple wisdom that creates a place with minimal materials,
a form of soft architecture that responds to wind, light, and the flow of people.
It is never complete.
It shifts with the breeze, absorbs the light,
and continues to transform moment by moment.
And when the time comes,
it will disappear as if nothing had ever been there.
The street will return to what it was the day before—
and yet, it will never feel quite the same again.
Perhaps space is not something we build,
but something that quietly emerges through human activity.

野外に響く、ヴァイオリンの独奏。
その音は、どこにも留まらず、空へとほどけていく。壁も天井もない空間では、音は反射して満ちるのではなく、流れていく。
それでも、弓が弦に触れた瞬間の震えは、確かに空気を伝い、皮膚に触れる。
濃密な圧ではなく、...
19/04/2026

野外に響く、ヴァイオリンの独奏。
その音は、どこにも留まらず、空へとほどけていく。

壁も天井もない空間では、音は反射して満ちるのではなく、流れていく。
それでも、弓が弦に触れた瞬間の震えは、確かに空気を伝い、皮膚に触れる。
濃密な圧ではなく、風や光に混ざりながら届く、やわらかな振動。

一音が生まれ、広がり、消えていく。
その過程すべてが、演奏として立ち上がる。
余韻は閉じ込められず、遠くへと流れ、自然の中へ溶けていく。

CDの音は、それを丁寧にすくい取り、整えたものだ。
けれどそこには、空の広がりも、風の気配も含まれない。
音は正確に並んでいるが、空間そのものは存在しない。

人は耳だけで音を聴いているわけではない。
皮膚に触れる空気、視界の奥行き、時間の流れ。
それらすべてが重なって、音として感じられる。

野外の独奏は、そのことを静かに教えてくれる。
音は、閉じた世界の中にあるのではなく、
空とつながり、風と混ざり、身体に触れて、はじめて立ち上がる。

#成澤幸央
#ヴァイオリン独奏
#野外演奏

小さい家、という言い方は、
この空間には、少し違う気がする。必要なものだけを選んで、
それ以外を、きちんと手放していくと、
空間は、むしろ自由になる。広げたから広いのではなく、
整えたから、広く感じる。構造も、収納も、動線も、
ぜんぶがひと...
11/04/2026

小さい家、という言い方は、
この空間には、少し違う気がする。

必要なものだけを選んで、
それ以外を、きちんと手放していくと、
空間は、むしろ自由になる。

広げたから広いのではなく、
整えたから、広く感じる。

構造も、収納も、動線も、
ぜんぶがひとつの考えでつくられているから、
どこにも無理がない。

無理がないと、
人は、その場所で、自然に呼吸ができる。

ただ、それだけのことなのに、
その「ただ」が、なかなか難しい。

設計:ネイティブディメンションズ 鈴木淳
撮影:fusetakahiko

Maybe calling it a “small house”
doesn’t quite fit this space.
When you choose only what is necessary,
and carefully let go of the rest,
the space becomes freer.
It’s not wide because it’s expanded,
but because it’s refined.
Structure, storage, circulation—
everything follows a single idea.
Nothing feels forced.
And when nothing is forced,
you can simply breathe in the space.
It sounds simple,
but that simplicity is the hardest thing to achieve.

#住宅設計 #ミニストック #小さな家

04/04/2026

住宅設計は、単なる依頼と成果物の関係だけでは語りきれない。�そこには、建主と設計者をはじめ、いくつもの主体の意思が重なり合っている。

建主は、これからその場所で暮らしていく人である。�日常の積み重ね、家族との時間、未来へのささやかな願い。�言葉にならない感情までも含めて、その住まいに託そうとする。

一方で設計者もまた、無色ではいられない。�空間の構成、光の扱い、素材の選択、そのすべてに、�自身の経験や思想、美意識が滲み出る。

さらにそこには、施工者や職人、関わる多くの人々の判断や技術も加わり、�ひとつの空間は、少しずつ現実のかたちを帯びていく。

それぞれの意思は、はじめから一致しているわけではない。�むしろ、わずかなズレを含んだまま、対話が始まる。

建主は「こう暮らしたい」と語り、�設計者は「こうすれば、より良くなる」と応答する。�関わる人々は、それぞれの立場から現実との接点を探る。

その往復の中で、曖昧だった感覚は輪郭を持ち、�断片的だったイメージは、ひとつの方向へと収束していく。

優れた住宅は、どこか一方の主張だけで形づくられるものではなく、�複数の想いが尊重されながら、静かにすり合わされた先に現れてくる。

設計者の役割は、かたちを与えることだけではない。�建主の内側にある、まだ言葉になっていない感覚をすくい上げ、�それを空間として翻訳していくことにある。

そしてその翻訳が深く届いたとき、�建主はふと気づく。�これは、最初から自分の中にあった感覚なのだと。

住宅設計は、�人と人のあいだにある内面が、�ひとつの空間として立ち現れていく、その過程のようなものかもしれない。

#住宅設計 #建築デザイン #暮らしのかたち

設計:マドリヤアーキテクツ #マドリヤ
撮影:fusetakahiko

ショーウィンドウの前で、
理由もなく立ち止まることがある。買う予定もないのに、
ただ、見てしまう。床じゃなくて、壁に車がある。
それだけで、ちょっと世界のルールが変わる。外はいつもの夜なのに、
ガラスの向こうだけ、別の時間が流れていた。 #...
24/03/2026

ショーウィンドウの前で、
理由もなく立ち止まることがある。

買う予定もないのに、
ただ、見てしまう。

床じゃなくて、壁に車がある。
それだけで、ちょっと世界のルールが変わる。

外はいつもの夜なのに、
ガラスの向こうだけ、別の時間が流れていた。

#ショールーム
#夜の街
#思わず立ち止まる

Sometimes you stop in front of a showroom window
for no particular reason.
You have no intention of buying anything,
yet you just keep looking.
The car isn’t on the floor — it’s on the wall.
That alone makes the rules of the world feel slightly different.
Outside, it’s the same ordinary night,
but beyond the glass, a different time seems to be flowing.

大都市のような華やかさはないけれど、
地方都市には、暮らしと風景が無理なく重なり合う美しさがあります。交通インフラを軸に形づくられた街並み、
低層の住宅が連なる静かな密度、
遠くに見える山の稜線。
都市計画の骨格と、自然の存在が同じ画面の中...
23/03/2026

大都市のような華やかさはないけれど、
地方都市には、暮らしと風景が無理なく重なり合う美しさがあります。

交通インフラを軸に形づくられた街並み、
低層の住宅が連なる静かな密度、
遠くに見える山の稜線。
都市計画の骨格と、自然の存在が同じ画面の中に収まるスケール感は、
地方都市ならではの魅力です。

ここでは、空はまだ広く、
季節は街の奥まで届き、
人の営みの痕跡が、穏やかなリズムで続いています。

派手ではない。けれど、確かに豊か。
都市としての機能と、暮らしとしての余白が共存している場所。

地方都市は、「便利」と「静けさ」が両立する、
人が長く生きていくための形なのかもしれません。

#地方都市 #都市風景 #都市計画

It may not have the brilliance of a major metropolis,
but regional cities possess a quiet beauty where daily life and landscape overlap naturally.
A streetscape shaped by transportation infrastructure,
a calm density of low-rise homes,
and the distant line of mountains on the horizon.
The scale at which the framework of urban planning and the presence of nature fit within a single view
is a unique charm of regional cities.
Here, the sky still feels wide,
the seasons reach deep into the streets,
and traces of human life continue in a gentle rhythm.
Not flashy — yet undeniably rich.
A place where urban function and the margin of everyday living coexist.
A regional city may be a form of settlement
where “convenience” and “quietness” are able to live side by side —
a shape in which people can live for a long time.

住所

Niigata-shi, Niigata
950-0808

営業時間

月曜日 10:00 - 19:00
火曜日 10:00 - 19:00
水曜日 10:00 - 19:00
木曜日 10:00 - 19:00
金曜日 10:00 - 19:00

電話番号

+818043224496

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